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SPC投稿小説
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 差し出されたハンカチを、戸惑いつつ受け取る小姫。見れば、制服の袖がチョークの粉で白く汚れていた。
「ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ、お役に立てて嬉しいですっ」
 無垢なる笑顔に、舞い上がる少女。
 小姫の学校生活は、一事が万事この調子なのだ。もう慣れてしまった。
 同級生たちの過度の反応を責めることもできまい。
 御影家は、旧華族の家柄。
 元は小藩を治めた大名の裔だそうで、明治期以降政財界に少なからず影響を及ぼしてきた。祖父は代議士を、父親は外交官を務め、一族が経営する不動産事業も順調だ。
 そうした環境の下育った彼女を、同列に比せる者はいなかった。
 当初は、反発もあった。
 とりわけ、彼女より高貴な生まれであると自負する、大企業の重役やら政治家を親に持つ娘たちには。
 あるとき、彼女は彼女を快く思わぬ級友たちを前に、毅然とした態度でこう言ってのけた。わたしに至らぬところがあれば教えてくださいませんか、と。
 それから、いじめは次第に下火になり、自然消滅した。
 さめざめと泣いてくれでもすれば小気味よいが、これではいじめ甲斐がない。どころか、どうにも後味が悪い。彼女を貶しても、自分の心の卑しさが引き立つ結果になるだけなのだから。
 小姫が他人を悪し様に言うことはおろか、何かに対して不満を漏らすことさえなかった。少なくとも、級友たちは誰一人として聞いたことがない。そうしたごく普遍的な負の感情を、彼女は生まれつき持っていないに違いない。小姫を敬愛の対象とする者たちは本気でそう考えていた。

 −3−

 その日の授業は、午前中で打ち切りとなった。
 正午前に各種警報が発令され、夕方には台風の上陸が確実視されていた。学園側としては、まだ安全なうちに生徒たちを帰さなくてはならない。
 三々五々、生徒たちは家路を急ぐことになった。
「きゃ」
 昇降口から吹き込む暴風に、思わず悲鳴が漏れた。
「凄い風……」
 長い髪とスカートを押さえ、小姫はなんとか風に抗う。
 外はもっと風が強いだろう。家までは歩いて15分程度だが、この分では倍は覚悟しなくてはいけない。
「お待ちを。こちらです」
「あ!」
 呼び止める声に振り向くと、家の者が立っていた。
 白い手袋を両手にはめた青年は、小姫の姿を認めて深々と一礼する。
「小姫お嬢様。お迎えに参りました」
「ありがとう。この天気では、傘が壊れないか心配で……。助かりました」
「まさかこの台風の中、外に飛び出していくおつもりだったんです? 間に合って良かった。お嬢様にそんなことをさせたら、私のクビが飛ばされてしまいますよ」
 見知った顔の運転手の冗談に、小姫は笑んだ。と同時に、ほっとした。
 名門校なだけに、家の車で朝夕とも送り迎えされて通う生徒は少なくない。普段は自分で歩いて通学する小姫だったが、さすがに今日は気が進まなかった。
「濡れませんよう、お気をつけて」
 それはいささか無理な注文というものだ。
 校門近くに停めてあった車に乗り込むまでに、しっかり風雨の洗礼を受けてしまった。
「いやいや、大変な目に遭いました」
「ごめんなさい。濡れたでしょう?」
「私はこれが仕事ですから。お嬢様こそ、遠慮せず私を呼んでくださいな」
 他愛も無い会話を交わしながら、車は走り出す。
「なんでも、大型の非常に強い台風、だそうです。今のところ見事に直撃コースですね」
「あら……。それでは家に閉じこもっているしかありませんね」
「本日のご予定は全てキャンセルになりました。先生方も来られませんし」
「そうですか」
 毎日、学校が終わっても家庭教師やら習い事が待っている。寝るまでに、彼女に許された自由な時間はごく僅か。休日は休日で、御影家の令嬢としての公務とも言うべき雑事が課せられた。
「なんだか嬉しそうですね。台風が来てるっていうのに」
「え? い、いえ、そのような不謹慎なことは決して――」
「ははは。それじゃ肯定してるのと同じですよ」
「うぅ」
 声色に嬉しさが混じっていたのを見抜かれ、小姫は赤面した。
 台風のおかげで、半日の休みが得られたことに安堵していたのだ。言い換えると、台風の如き不測の事態に見舞われない限り気の休まる暇もないことになる。
「いじめないでくださいな」
「普通の子供は、どんな理由であろうと学校が休みになるのは喜ぶものですよ」