ヒトが創り出した結末《モノ》
ヒトは神になろうとしたのか。
ヒトはヒトであろうとしたのか。
ヒトは生きるために争い、
争いの中で命を落とす。
そして愚かなるヒトは、自らの血で大地を染め、自ら滅びの道を歩む。
* * *
振り下ろされる、爪。薙ぎ払う、剣。
二つの軌跡が描かれる。
紅い光と、白い光と。
軌跡は、交差する。
キィン、と、金属が打ち合わされたような音が響くと同時に、軌跡は再び後ろへ跳ぶ。
紅い軌跡を描くのは、異形の姿を持つ獣。彼らは人間から、その姿に相応しい名を与えられた。
魔物、と。
そして、白い軌跡を描くのは。
青年というには、まだ少し若い、銀髪の男だった。血と汗と埃に汚れた、ボロボロの服を身に纏い、白銀の両刃剣を振るっている。
若者は、貪欲な魔物の細長い瞳孔を、静かに睨みつけた。感情のない、どこまでも冷たく虚ろな瞳で。微かに揺れるその動きすら、彼は見逃す事がない。
一気に間合いを詰めた魔物を、素早く横へかわし、若者は手にした剣を突き立てる。
悲鳴を上げ、もがく魔物を一瞥すると、若者は剣を引き抜き、そこを歩み去った。
魔物が息絶えた時には、もう若者の姿はなかった。
若者の名は、ホーリィ・ナイトという。
ホーリィは、自分が何者かを知らない。
ホーリィという名前すら、定かではない。意味を知って名乗っている訳ではないのだ。
ただ、彼の一番古い記憶の中に、その単語があっただけで。
彼の記憶は、血の海と死体の山で始まっている。
彼の意識が覚醒した時、彼はこの剣を握ったまま、目の前の光景を呆然と見ていた。
引き裂かれ、喰いちぎられた、人間だったはずのモノたち。静まり返った世界。
犯人は、わからない。ただ、一つだけ残された――
それは、右腕だった。
おぞましき、異形の腕。鋭い爪と、硬い鱗を持った、漆黒の腕。
彼には、悲しみも怒りも湧かなかった。記憶を失った彼に、あるのはただ、空虚。
彼は記憶を失って初めて、自分を見詰めた。大切だったはずのものを失いながら、生き延びてしまった自分。
彼の服は、紅黒い血に汚れていた。魔物の腕と、同じように。
その瞬間、彼は何かを悟った。
――生きるんだ。
生きるために生きるんだ。
理由など、それでいい。
彼は歩き出す。剣を手にしたまま。
数歩進んで、彼は気付いた。ここが、研究所の一室であった事に。
その部屋の入り口には、プレートがあった。血に濡れてなお、その文字ははっきりと読み取る事が出来た。
「Holy Knight」、と。
ホーリィは、歩き続けている。
目の前に広がるのは、ただ、荒野のみ。人間の姿はなく、辺りを支配しているのは、獲物を喰らい尽くした、貪欲な魔物であった。
ホーリィは、歩き続ける。拾った方位磁針を頼りに、延々と真っ直ぐに。
いつかは人間の住む地に出られると、彼は信じていた。きっとどこかには、魔物に襲われることのない、安全な場所があるのだと。その場所に辿りつく事が出来たなら、記憶と共に失ったものを、もう一度探そうと、彼は心に決めていた。
だから、今はただ、生きる事だけを考えようと。
ホーリィは、死者の所有品を奪うことを厭わなかった。
過去には街であったはずの廃墟からは、使える物を持てるだけ持っていく。方位磁針も、そうして手に入れたのであった。
しかしこの辺りは、荒らされ方が他にも増して酷かった。最早建物の形さえ残らぬ廃墟も、いくつも見てきた。
それでも若者は、希望を託す。
視界の先に現れた、建物の群れに。
彼が街に入る時、何よりも求めるものは、営みを続けている人間たちである。
彼は未だ、自分以外の生きている人間を、見た事がない。
しかしそれでも捨てられないのだ。
希望を。
生きる希望を。
出会いへの希望を。
平和への希望を。
それを探す事が、彼の生きる意味だと思っているから。否定は、したくない。
――例えその思いが、常に裏切られていようとも。
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