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SPC投稿小説
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黄金の枝顛末記




 笑うに笑えない状況−。
 現場に駆けつけたフェルナー准将は、喉の奧からこみ上げてくる笑いの発作を何とか抑えつけると、傍らに控える若い少尉に目で問いかけた。士官学校を卒業して間もない、頬ににきびの跡が残っている少尉は、叫ぶように答えた。
「名前はカール・バウアー。階級は伍長。備品の管理を担当しています。歳は五十四歳。独身です」
 少尉の唾がフェルナーの胸元に飛んだ。フェルナーは、少尉から半歩身を離した。
「死因は?」
「心臓発作と思われます」
 フェルナーは遺体を見下ろした。亡き伍長は、かすかな微笑を浮かべていた。薄くなりかかったグレーの髪にグレーの口髭。腹がぽっこりと突き出ている。フェルナーは、水族館のあしかを思い出した。
 遺体の足下にはクリップボードに挟んだ書類が落ちていて、頭の先には、大きな空箱が転がっていた。箱にはフェザーン大手の製薬会社の名前が印刷されている。
 発作を起こした際、とっさに棚に置いてあった箱をつかみ、倒れると同時に中身ごと箱が落下したらしい。備品倉庫に入った少尉が最初に目にしたものは、床に盛り上がっている白い胃薬のかたまりだったという。救急処置を施そうとした少尉が伍長の身体から薬を払いのけたので、フェルナーは今、薬の包みに全身をかたどられて永遠の眠りについた男を凝視していた。
「昨日、薬品会社から納品されたばかりでした」
 少尉が生真面目につけくわえた。
「これは殉職ということになるのかなあ」 
 独り言にしては、やや大きすぎる声で言ったフェルナーを見て、少尉がためらいがちに言った。
「伍長は、独りではなかったようなのです」

 話は約三時間前に遡る。
 午後六時十五分。
 フェザーン大手の飲食会社のトラックが軍務省の裏門に停まった。運転していたのは若い女性で、受付に飲料水やコーヒー、紅茶、スナック菓子など、軍務省が注文した一ヶ月分の嗜好品のリストを差し出した。問題なしと判断した受付の兵士は担当者のバウアー伍長を呼び出した。バウアー伍長は女性と共に商品を省内に運び込んだ。兵士は三十分後、女性が「慌てた様子で」出てくると、トラックに乗り込み「もの凄いスピードで」走り去った姿を目撃している。
 午後九時十分。
 軍務省の代表電話に電話が入る。「本日の業務は終了いたしました」というメッセージが終わるのを待たずに、女のヒステリックな声が事務所内に響き渡った。
「備品倉庫で男の人が死んでるの。お願い、見に行ってあげて。備品倉庫よ」
 面食らった少尉がデスクに近づいた時には、すでに電話は切れていた。上官の指示を仰ごうとした少尉は、今夜は内国安全保障局との大きな会議をはじめとして三つの会議がフェザーンの市内で開かれており、主だった軍務省の将官はすべて出払っていることを思い出した。
 面倒な会議への出席を要領よく免れた代償としてフェルナーは執務室に待機していた。しかし、このような種類の緊急事態が起こるとは想像もしていなかったし、ましてやその後の出来事を予期できたなら、内国安全保障局長との晩餐会を選んでいたかもしれなかった。

 内国安全保障局長との晩餐会から戻ったグスマン少将は不機嫌だった。
「それで、女の正体は分かったのか?」
 遺体が運び出され、省内が平常に戻ったのは遺体発見から約一時間後のことだった。遺体を乗せた救急車を見送って、フェルナーとグスマンは各々の執務室に向かった。
「ええ。会社に連絡しました。名前はイレーネ・クラレドン。四ヶ月前から配達の仕事をしています。これから、上司に事情を聞いて来ようと思います」
「卿、自らが?」
 グスマンは、わざとらしく驚いた表情をしてフェルナーを見た。フェルナーは肩をすくめた。
「一報を受けたのは小官ですし、ささいなこととはいえ、変な尾ひれがついたら軍務省の名折れにもなるでしょうから、そのあたりをうまく..」
「丸め込む」
「人聞きの悪い。話し合って円満に解決すると言っていただきたいですね」
 グスマンは話題を変えた。
「その女は何で逃げ出したんだ?」
「若い女性ですよ」
 「若い」という単語に心持ち力を入れてフェルナーは答えた。
「男に危害を加えたわけではないのだろう?」
 フェルナーは黙っていた。
 二人は省内の長い廊下を十秒ばかり無言で歩いた。
 グスマンは不意に呟いた。
「おい、まさか」 
 フェルナーは、悪戯が成功した少年のような顔で上官を見た。