震えだ。震えが両手を襲ってきた。再開した呼吸が荒々しく、照準をさらにぶれさせた。
これは、私の意志?
そう・・・には違いないけれど。
「さあ。撃ってくれ。さもなければ、俺がお前を撃つ。」
「・・・イ・・・ヤだ。」
私の両手は完全に私の制御からはずれていた。
未だ背を向けままの男。
私の視線だけが男の心臓を捕らえていた・・・はずだった。
終わりは唐突に訪れた。
袋に入れた空気を一気に押しつぶす時のように、プスッという独特の音の連続。
それはまぎれもなく、サイレンサーで減速された銃声だった。
背後を一瞬だけ振り向いてまた彼に視線を戻す。
その時、音もなく男が倒れこんだ。
ゆっくりと、まるでスローモーションをかけたように。
胸がちぎれるように引き締まるような感じがして、手が動いて、足が動いて・・・走っていた。
彼の下へ駆け寄っていた。
抱き起こすと、胸の辺り、真っ白なカッターシャツが赤く染まっていた。口元からも血があふれ出てきていた。
肺だ。肺をやられている。
「俺は・・・、お前・・に殺されるのなら」
・・・私じゃない。
「でも、少し・・・痛いかな。」
・・・私じゃない。私がやったんじゃない。
「俺は・・・さ・・ハハ、・・まあ、いいや。」
私じゃない。私じゃない。私じゃない
「・・・・・私じゃない・・・・。殺したくない・・・・私じゃない。」
私がやったんじゃない。・・・私がやるわけないよ。貴方を殺すわけなんて。
私を拾ってくれたあなたを、助けてくれたあなたを、私が、私が殺すわけない。
なのに・・・、私が、やったんじゃない。私じゃない!
「・・・。」
許しを乞うように夜空を振り仰ぐ。
中空の漆黒に、にじむような満月がひっぞりとたたずんでいた。
安心という言葉で表していいのかは分からないのだけれど。
安堵・・・?
そこにある冷美を讃えた満月が全てを包み込んでくれるような気がするのだ。
「・・・綺麗」
真冬の空。漆黒の永遠に淡々と存在し続ける極限の月。
この月は私をいつも引き戻してくれる。そしてこの月は唯一の立会人でもあるのだ。
清らかな光を差し伸べる満月は、いつの時代にもやはりそこにいるのだろう。
どんな時にも私を眺めているのだろう。
そして、今のような時にも必ず。
「また、自分勝手に人を殺してしまいました。」
W貴方Wだけに送ることを許されていた、懸命の微笑を向ける。
「貴方が死んでからというもの、これで12度目の裁きですね。」
まるで全てをさらけ出すように、彼女は体中の力を抜いてゆっくりと満月と向き合った。
「組織を抜けようと、貴方に言われたあの時から、私の罪は始まってしまいました。」
淡々と紡がれる言葉は教会で言うまさしく独白にも聞こえる。
彼女は、その右手の感触をもう一度確かめるように握りなおし、そしていつものように右手をこめかみの真横に静止させる。
そこに広がる冷たい鉄の感触が彼女の神経を鋭敏にさせた。
この瞬間が最も彼女を脆弱にさせるのだ。
「ああ、貴方は・・・。貴方の私は、今日私がこのまま死ぬことをお許しになるのでしょうか?
お見逃しになるのでしょうか?」
ゆっくりと、うす雲がその光源を覆い隠していく。幽かな幽かなスポットライトがそこにだけ当てられたように、ぼうっと曖昧な表情を寄せた。
「・・・はい。」
息を吸うようにして軽く頷くと、引き金にかかる指にゆっくりと力を込めていく
じりじりと、一差し指の腹に静かな圧力がかかっていった。
プスッ!
ふぁん、と頭が少し軽くなった。・・・ただ、それだけだった。
サイレンサーで減速された音だけが怪しく耳元にまとわりついてくる。
何かを、訴えかける様に。
そして、最後に少しだけこげた臭いが鼻をくすぐるのだ。
私には、それが埋葬の香りに思える。ひどく、悲しくて優しい香りに。
彼女は弾丸の消えた方向に目をやった。
それた禊の弾丸は、貴方の力によるものなのか、それとも貴方の私、そう、私の奥底に潜む人間の仕業によるものなか。
私の・・・無意識下によるものなのか。
「今日も私は許されませんでしたね。
・・・私は、許されるまで殺し続けるでしょう。殺されるまで強がり続けるでしょう。
・・・やはり私は、殺し続けるのだと思います。」
薄雲が流れ、隠れていた月がそっとその無表情の美を現す。
|