真夜中の警備員
夜間の見回りは好きじゃないけれど、今はこの時間帯が僕の担当だから、仕方がない。
しんと静まり返った深夜のデパートは、昼間とはまるで違った顔をさらしている。コツコツと自分の靴音だけが闇に響き、理性では「何もない」とわかっていても、そこかしこに、いるはずのない生き物の息を潜めるような気配を感じてしまう。しかも、もしかしたら本当に凶悪な犯人が隠れているのかも知れないのだから、下手な気休めを考えてやり過ごすこともできない。先輩は慣れだと言っていたが、僕は結局、慣れることができなかった。
だが、嫌いな夜回りにも、最近はちょっとした楽しみがある。
2階の衣料品売場の巡回は終了。次は1階、婦人服売場へ。
止まっているエスカレーターを降りる途中の、鏡張りになっている壁の前で、僕は制服の襟を正し、腰に差した警棒の位置を直した。腕時計を見る。午前2時35分。そろそろいつもの場所に、彼女が現れる。
「マサちん! 良かった、今夜も会えたぁ♪」
僕を見つけたミナは、嬉しそうに大きく手を振った。中央レジカウンターの上に腰をかけている。非常口の案内灯がこうこうと照り、その区画だけ明るくて、小さな舞台のように浮き上がっていた。
「よお! ……おや、どうしたの、その髪!?」
派手な黄色だったミナの髪は、きれいな黒に変わっていた。くっきりとエンジェルリングが浮いている。ミナはちょっとお澄ましして、髪を掻き上げて見せた。
「へへ、染め直したんだ。どう、似合う?」
「いいよ、その方が断然カワイイ」
「だろー? どっから見てもイイトコのお嬢だろ。ダチやセンコがびっくりするのが、もう今から楽しみでさ」
耳や鼻に空いていたピアスホールも、もうほとんど目立たなくなっていた。最初に会った時とまるきり違う印象の、素に近いナチュラルメイク。うん、あんな重そうな付けマツゲなんかしなくても、パッチリと大きな目をしてるんだから、ミナはそのままの方がずっといい。
僕もミナのように、カウンターに腰をかけた。こんなところを見られたら厳重注意じゃ済まないんだろうけど、僕の場合はちょっと事情が違う。なんたって、英雄だし。
「アタシ、前に大学行くって言ったじゃん」
「ああ。どこにするか決めたのかい?」
僕の言葉に、彼女はとっておきの話をするようにもったいぶった声で、片目をつぶった。
「山の上にさ、国立のあるじゃん。あ・そ・こ」
「おいおいおい、そりゃムリじゃないの?」
「あ、ひっでーな。アタシ中学ん時はけっこー成績良かったんだぜ? やりゃあできんだよ。やりゃあ!」
ぷんとむくれて横を向いてしまった彼女に、僕は慌てて謝った。ミナはしばらくほおを膨らませていたが、やがて「ぷっ」と吹き出した。
「あはは、確かにムリだけどね、今の成績じゃ。――でも、やるよ、アタシ」
真っ直ぐに僕を見つめる彼女の瞳には、以前とは比べ物にならないほど、明るく強い輝きが溢れている。
「約束するぜ、マサちん。アタシ、頑張るから。応援してくれよな」
「もちろん応援するさ」
ミナは照れたように、えへへと笑って頭をかいた。
不自然なほど灼けた小麦色の肌。隈取りされたようなアイシャドウに、バサバサと不揃いな金髪。僕は彼女たちの美的感覚に、正直ついていけなかった。話している内容もちんぷんかんぷんで、罪の意識など皆無じゃないかと思われる、偉そうな態度。
ミナはそんな万引き常習グループのメンバーの一人だった。高校もほとんどサボってばかりのようで、いつも何かに飢えている、スレた眼をしていた。
僕もなんど補導しただろうか。いい加減、顔と名前が一致するようになった頃……土砂降りの河川敷で、じっとうずくまっている彼女を見つけた。
飼い猫が殺されたんだと、ミナは言った。彼女が抱いていたそれはボロ雑巾のようで、傍らには、血の滲んだ小さな麻袋が落ちていた。
「いい物見せてやるって電話があってさ、来てみたら、これだよ。やったやつ、見当ついてんだ。アタシが男取ったからだよ。ダチだと思ってたって、みんな、そんなんばっかだよ。チクショウ」
僕らは雨が止むのを待って、一緒に猫のお墓をつくってやった。
だからといって、ミナは何も変わらなかった。むしろ、僕の勤務時間を狙ってコトを起こしてくれるようになったんだが、彼女、これがなかなかの手練れなのだ。取り逃がせば僕の評価は下がる……けど、雨の中で一人で泣いていた彼女を思い出すと、つい手も抜いてしまう。というわけで、ほとほと参っていた。仲のいい先輩の警備員が庇ってくれていたけど、あのままだったら間違いなく、僕はクビだったろう。
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