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――ミナは、その日も紙袋に大量の盗品を詰め込んで、デパートを逃走していた。追いかけていた僕が、彼女を取り押さえたまさにその時だ。目の前に不審な人物が立っていたのに気がついた。 すでに血に濡れた包丁。そいつの肩越しに、同僚が血を流して倒れているのが見えた。ほんのついさっき……ミナの件を無線で知らせた時、「そんなのはいい!」と怒鳴られてすぐに切られてしまったことを、思い出した。 そいつが凶器を振り上げたのと同時に、僕はミナを突き飛ばしていた。肩口に感じた灼熱感、目の前が真っ赤になって、真っ白なって、ただわけもわからず、僕は「逃げろ!」と叫び続けていた。 「アタシさ、マサちんに助けられて、なんか色々サトっちゃったっていうか。オヤもガッコもセンコも、みんなアタシのこと大っ嫌いだと思ってたんだけど、違ったんだよね。病院でさ、見舞いに来た奴ら、優しいんだ。ケーサツも、何かあの時アタシが服盗んだの、なかったことにしてくれたじゃん」 楽しげに話していたミナが、ふいに黙り込んだ。 彼女のほおを涙が伝い落ちていく。唇を噛みしめて、必死に堪えているミナの横顔を、僕はただ見つめていた。 「マ、マサちんの、おじさんもおばさんも、何にも、アタシのこと責めなくてさ。アタシなんて、腕ちょこっと切られただけなのにさ、すげえ心配してくれて。だ、だから、アタシね……」 震えるミナの肩を抱いてやりたかった。半透明に透ける自分の手を見て、諦める。 もう、お別れの時間だ。 「や、約束するから。アタシ、マサちんの分までちゃんと頑張るから。だから……」 「ああ、見守ってるよ。ずっと応援してる」 コツ、コツ。僕が履いてるのと同じ、会社支給の革靴が、こちらに近づいてきた。顔を上げると、見回りに来た先輩が立っている。ピッと片手をかざした先輩に、僕もカウンターから降りて、敬礼を返した。 一通り(一方的な)挨拶も済ませたし、やることもなくて、残りの1ヶ月半は苦手だった夜間警備でもしてようかなあと考えた僕は、まさか見つかるとは思っていなかった。死んでみてわかったんだけど、歩けば足音がするし、ぶつかった拍子に物を落としたり、結構目立つらしいんだよ。 「もういいのかい?」 ミナと僕は、先輩の言葉に一緒にうなずいていた。「出る」という噂を聞いて、会いたいといってきかないミナを、こっそり招き入れてくれたのもこの人。バレたら先輩も立場が危ういだろうに……死んでまで、お世話になりっぱなしだったな。 こんな風にさ、みんな本当は、誰でも優しいんだと思う。僕を刺した人も、正気に戻ってからすごく後悔してたようだ。その人の家族が払うと約束したお金は、僕が一生かかっても到底稼げるような金額じゃなくて、でもお金よりも、彼らの畳に頭をすりつけるようにして謝罪していた姿に、僕の両親は彼らを許すことを決めた。 僕もニュースやマスコミで英雄扱いだったけど、この通りごく普通の、どこにでもいる平凡な男だしね。だから、ミナが前向きに生きていけるようになって、僕はそれだけで、すごく嬉しい。 「じゃ、逝きます。頑張ってな、ミナ」 ミナは泣きながらも、時間をかけて、きっぱりうなずいた。 それを見届けて、僕はシャッターの降りている正面玄関へと向かった。玄関全体が、霞がかかったようにぼうっとして、なんだかキラキラ光っている。どうやら良い方の迎えが来てくれているらしい。ほっと一安心。 今日で49日。僕の最期の見回りが、これで終わる。 |
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