「正気に戻ったと思ったら、ず〜っとあんな調子だよね」
ハイウィンドに視点を合わせながら、ユフィがぼやいた。
「何考えてるんだろ?ぽけーっとさ。あ、アタシだったらマテリアだけど−」
「…エアリスの事よ」
ユフィが話し終わらない内に、ティファがポツリと言った。
「きっと…エアリスの事よ」
言い直したティファの言葉に、ユフィの顔が下を向く。
言わなければいけないのに、誰も口にしなかった言葉。
風の音だけが、間を通り抜けていった。
「…風が…冷たくなってきた」
風音が止んだ刹那、ヴィンセントがつぶやいた。
「先に行っていてくれ。…私が呼んでこよう」
その言葉に、ユフィとケット・シーは従い、ヴィンセントにゆっくりと背を向けて、カームの町へと歩き出した。
ティファは、ヴィンセントに近寄り、黙って彼の目を見上げた。
言葉にはできない声にヴィンセントは気づいて、自分が知っている限りの優しい目をして、ティファの頭をぽん、と叩いた。
「…あれなら大丈夫だ」
「何故?」
「やつは私とは違う」
問いつめてくるティファにそうとだけ言うと背中を向けて、ハイウィンドへと足を進めた。
「どうしてそう言えるの!?」
ヴィンセントの背に向けてティファが声を張り上げた。
クラウドを心配するが故に、食らいつくような声になってしまっていることに、ティファ本人も気づき、言った後に俯いた。
顔を見なくとも、ヴィンセントにはティファの心境が理解できた。
だから、自ら足を止めて、低い声で、少しゆっくりした口調で言った。
「…死人を愛することの愚かさと悲しさを知っている」
それきり、二度とティファの前で足を止めることはなかった。
ティファはしばらくヴィンセントの後ろ姿を見送っていたが、やがて向きを変えて、ユフィたちの後を追った。
ヴィンセントは呆然とした。
首が反れてはいけない方向に反れてしまいそうなほどハイウィンドを見上げて、ため息を付いた。
ハイウィンドは、当然の事ながら、巨大である。
一つの町程度の大きさはゆうにある。
だから、当然の事ながら、高さもある。
それだというのに。
「…あいつはどうやって登ったんだ?」
ハシゴが上げられている。当然、正規に登る術はハシゴ以外ないというのに。
しばらく湾曲上に曲がったハイウィンドの側面をバカの一つ覚えのように見上げていた。
彼に与えられた道は、たった一つ。
しかしそれは、眺めることではない。
ヴィンセントは覚悟を決めて、木と木を繋いでいる金属の溶接部分に足をかけた。
ゴチン。
とたんに自分の後頭部で鈍い音と激痛が走り、その場に長身の体をうずくまらせた。
痛い。
少し肌寒い気候のせいもあるかもしれないが、心臓が頭に移ったようだ。ジンジンと脈打っているのが分かる。
足下に目をやると、その原因の一つが分かった。
緑の草原に何とも似つかわしくない中型のスパナが一つ。
スパナ。ヴィンセントは気を失いそうな激痛の中、考え込んだ。
スパナ、とはあれだ。大きなネジやらの機械の部品を閉める、あの器具だ。大抵鉄製の、あの重いスパナだ。
殺傷能力があることは誰もが分かるだろう。そして、スパナを持っているのは機械工くらいだ。
『攻撃的な機械工』
彼が思う限り、あてはまる人物は一人しか思いつかなかった。
「俺様のハイウィンドを足げにするたぁいー度胸じゃねえか?あぁ?」
そろそろと振り向くと、チョコボ色の短い頭と、タバコの煙が目に入った。
シド=ハイウィンド。ヴィンセントが知っている中で、最も攻撃的で、世界一自信家な機械工である。
「は、ハシゴが…」
痛さと格闘しながら、何とか立ち上がりヴィンセントは弁解しようとする。そうでもしなければ、この痛さが二倍になるような気がしたからだ。
事実、シドの手には、さっきよりも大きなスパナが握られていた。
始め、シドは何を言いたいのか分からなかったのか、あぁ?と聞き返したが、ヴィンセントの背後にハシゴが掛かっていないのを見ると、からからと笑った。
「なら早く言えっていうんだよ。俺様にかかればハシゴを掛けるなんざ朝飯前だってーのによ」
だったら早く登場してくれ。
声を大にしてそう叫びたかったが、シドの手のスパナが目にはいると、そうも言えない。
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