土地社会の持つ差別的雰囲気を感じ取ったのか、私は同じ有色人種である彼女に引かれていった。
彼女もまた、異文化の匂いのする東洋人の私に、人種的な面から惹かれているような気がした。
彼女は知的ではあったが古風な人間だった。
そして敬虔な人間でもあった。
現代のアメリカ文明の中にも、まだこんな純朴な性格の女性がいるものかと私は思った。
血なのだろう。
彼女は多神教徒だった。
専門の学問的な研究の会話の中に、時おり、星の神話や大地の神話をちりばめた。
彼女は自然の中の精霊を信ずる信仰者だった。
ブードー教。
南部では、いまだにその信者数は多い。信者は、ほぼ黒人種で占められている。
もちろんキリスト教社会の中では、その信仰を表ざたにすることは、あまりない。
特に南部ではなおさらだ。
過去の歴史の中では、何人もの黒人が、魔術師魔女の疑いをかけられ、木に吊るされていった。
しかし彼女には、やはりキリスト教徒とは違う独特の雰囲気があった。
その褐色の瞳には、自然の大地の力が宿っているようだった。遠い故郷、アフリカの力を宿しているのだ。
ブードーにも多数の流派がある。
彼女の血族は、その中でも特に秘教的な雰囲気の濃い、半ば秘密結社の教団、カンドンブレの信者らしかった。
研究者には有名な教団だ。
研究目的に、地下集会への取材を彼女に頼んだが、彼女は頑として首を縦には振らなかった。
それは血族となったとき、初めて許される、と彼女は笑って言った。
私の南部滞在は一年に及び、私と彼女は、ほぼ現地で生活を共にしているような状態になった。
しかし、私にはやはり帰る国がある。
そして彼女はやはり生まれ育った土地から離れる気はないようだった。
彼女はある時、私に聞いた。
この土地に移り住む気はないのか、と。
それが何を意味するのか、私にはわかった。
遠まわしの彼女なりの問いかけだった。
そういう話は、お互いわざと避けていたような気がする。
しかし、私はやはり日本人だった。
そしてこの地に住んでみて、初めて自国の文明の高さをも再認識していた。
専門の学問には興味はある。
しかし、日本にあるそれなりの地位と、収入と、物質にあふれた満足な住みやすさは捨てる気にはなれなかった。
研究者として現地大学に雇われれば、研究歴に箔はつく。しかし収入も生活水準も一からやり直しになる。
その程度の経歴しか私にはないのだ。
正直に告白すれば、この土地、この国の人種的な雑多さも、私には好きになれなかった。
研究分野と、個人の人間性は別のものだ。
たとえ旅客機が地球の大きさを縮めても、やはりその町はアメリカ南部の都市であり、ビルと現代文明に取り巻かれていても、東京に比べれば、どうしようもない田舎なのだ。
「日本に帰るよ」
私は言った。
彼女は軽やかに微笑した。
学問を修めた知識階級の別れの挨拶に、その微笑は似合っていた。
しかし、彼女のその整った顔立ち、おそらくクレオール系だったのだろう、その美しい褐色の顔には、やはり、深い陰りが宿っていたことを、私は忘れなかった。
モナリザの微笑のようであった。
そしてダビンチのモナリザが、あの微笑の影に、ルネッサンスの魔術文化の陰りを宿しているように、彼女の顔にも、彼女の文化の陰りを映していたのだった。
§
帰国して数日。
私は微かな耳鳴りと共に、悪夢を見るようになった。
猛獣に襲われる夢だ。
それはアンリ・ルソーの絵のように、アフリカのジャングルの闇を背景にしていた。
私は寝汗をかいて飛び起きる日が続いた。
そして耳鳴りが始終ぶんぶん鳴り続け、頭痛が続いた。
薬を飲んでも、医者にかかっても、頭痛と悪夢は消えなかった。
消えないどころか、それは激しさを増していた。
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