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SPC投稿小説
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竜樹郷




 朱雀の汗池に小舟を浮かべ、
 ゆらゆらゆらゆら、ゆらゆらり。
 くぴりくぴりと酒傾ければ……。
 くぅ〜ッ、最ッ高だねェ〜!!

 遠く四方を四季を頂く山に囲まれる桃源境、竜樹郷。その郷の南方に広がる巨大な湖・朱雀の汗池の沖合に一艘の小舟が波に遊んでいた。
 船上にはヒョウタンが山と詰まれ傍らには少年がひとり寝そべる。歳の頃は15・6、湖面を走る初夏の風にくつろぎ心地よく伸びをした。酒精混じりのあくびをむにゃむにゃ噛み殺しながら、燦々と照る太陽を眺める。今日は朝から日和に恵まれあまりに気持ちよかったのでたんまりと酒を用意して舟遊びに出たのだ。何かあればどうにかして報せをよこすだろうと高をくくっていた。しかし。
(やれやれこんなにいい陽気なのになぁ、どうにも妙なニオイが鼻につきやがるぜ)
浅黒く日焼けした顔が苦虫を噛む。そこに何処からか紙が一枚、風に乗って飛んできた。短冊大のそれは吸い込まれるかのように少年の額にぴたと貼り付く。急に視界を遮られ訝しげにそれを剥がすと。
『きッ・ち・ろォ〜〜〜ッ!!』
(うわぁッ!?)
突如湖上に響き渡る大声。見れば符術に用いる札だった、遠隔通話用のものらしい。
『吉郎ッ!! あンたはまた真ッ昼間から酒かっ食らって……この不良少年ッ!!』
札から響くのは非常に聞き馴れしんだ少女の声である。だぁ〜、うっせぇなぁ。きぃきぃとカン高く喚く声にとりあえず酔いどれ悪童は耳をほじる。
『ちょっと顔出したかと思ったら呑気に遊んじゃってて、あンた自分の立場を忘れてないッ?』
矢継ぎ早の雑言に少々の目眩を覚えなくもないが、少女の登場はつまり悪い予感が当たったという事である。
「それはいいとして」
札越しに少女の不服を感じるが、さらりと無視。
「お客さんだろ?」
少女は息を飲む。
『……当たり。おっきな虎の鬼だって。もう朱雀徒から何班か向かってるよ』
「わかった、ちょい待っとけや」
気だるげに、ヒョウタンの山に埋もれた木棍を引っ張り出す。棍の中ほどを持ち座ったまま頭上に掲げると、片手で器用にひゅんひゅん回す。併せて独特の呼吸法、周囲から取り込んだ気を練って棍に伝える。すると竹トンボよろしく円盤状に面なし回転する棍の周りに金色に輝く糸が漂い始めた。糸は棍の回転に伴い徐々にかさを増し、やがて頭上に浮かぶ大きな光の輪となった。糸のかさが二人乗り分に達した頃合いを見計らい、棍の先でまとめ上げる。綿のような雲のような、輝く糸の塊・金斗雲。棍を預かった"四門徒"が最初に習う術である。ひらり飛び乗り踏み固めながら具合を確かめる。
「うん、上等上等」
ヒョウタンひとつを腰紐に結わえおもむろに、湖岸をめがけて雲を走らせた。
 
千年前。あまたの鬼を率いて人の都を脅かした鬼王がいた。人は累々屍を重ねる戦いの果てに何とかこれを退け鬼王を追い詰めたが、ついに鬼の王を現世から祓うことは叶わなかった。
都の統治者たちは困り果てた。もちろん野放しにはできないが、かといって人の世界に鬼王を長く幽閉できる場所もない。王は人界を離れた聖地にて深く結界を施し封じられることになった。封印を護るために隔絶されたその地こそが今では竜樹郷と呼ばれるこの郷である。
その後鬼は人の巷からは駆逐されたと聞くが、この郷には今でも現れる。いや鬼たちはこの郷に集まっているのだ。地中に眠る鬼王を慕うのか王の復活を目論むのか、或いはその両方か。
郷と民とを押し寄せる鬼から守護せねばならなかった。その役目は郷の少年たちに与えられた。それが四門徒、唯一鬼を滅ぼしうる者達だった。

飛沫を上げて疾走する雲の上から、目を細めて少女の姿を探す。遠く湖のほとりに腕を大きく振って飛び跳ねる人影が見えた。風より早く岸に達し速度を落とさず腕を伸ばす。慣れた呼吸で手を取りあうと、少女は雲上に引き上げられた。
「おらよッと」
「よいしょっ…うわぁッ、お酒臭いッ!!」
吉郎の後ろに膝で立つ。大袈裟に顔の前をはたはた扇いだ。
「瑞穂」
「?」
「よくあんな沖まで符が届いたよな。大したもんだ」
瑞穂と呼ばれた少女は得意げに鼻を鳴らした。
「ふふーンだ、すごいっしょ? あたしがしっかりしてないとね、あンたって見てないといくらでも怠けるンだもん」
ちょっと誉めるとすぐこれだ、いや別に誉めたワケでもないんだが。雲の高度を上げつつ腰に掴まる少女に尋ねる。
「で、敵さんは今どこだい?」
「巽の二だって。報せを聞いた時点でだけどね。確認取ろっか?」