「どーもこーもないわよっ! もっとマシな起こし方は出来なかったの?」
「俺、キスは上手い自信があるんだけど、気に喰わなかったかな?」
「確かに少しは気持ちよかった……ってちがーうっ!! もっと普通に起こせなかったのって訊いてるのよっ」
あたしはぜいぜいと荒い息をついてしまった。
そんなあたしに今度はけらけらと笑う男。
「そりゃあな、最初は普通に呼んで起こそうとしたさ。でもな、その程度じゃあんたは起きてくれなかった。つまりは、こうすることでしかあんたにかけられた眠りの魔法を解くことができなかったのさ」
「眠りの、魔法……?」
「そうだ。あんたは魔法で眠らされていたんだ。そして、解呪の方法は物語古来からのお約束である、キスだったというわけだ」
あたしは言われた言葉の意味をゆっくりと考える。
そう、どうしてあたしは眠っていたのか……?
霞の向こうにあるような記憶が、少しずつ蘇ってくる。
苦悶に歪んだパパの顔、あなただけは守ると言ったママの言葉。
倒れていく家臣。血をたくさんたくさん吐きながら死んでいく、皆。
その中で、あたしは、あたしだけは……
「ぱ……パパはっ!! ママはどこ?? あ、あたしはどれくらい眠っていたのっ!?」
叫びが、口をついて出た。
そうよ、あんな記憶は嘘。
嘘に決まってる。
皆が……城の皆が一人残らず魔女の呪いで殺されてしまったなんて。
だって、だってだって、パパとママは、野原であたしを抱き締めてくれてたじゃない。シロツメクサの冠をあたしにかぶせてくれて、にこにこと微笑んでいたじゃない?
「この城には、あんた以外生きた人間はいなかった。あんたがどれくらい眠っていたかは知らないが、今は758年。そこから逆算してみろ」
「う……そ……」
あたしは男の言葉を聞いて倒れそうになってしまった。
「ひゃ、百年も経ってるっていうの!? 信じられないっ! 冗談を言わないでよ、起き抜けのあたしを騙そうとしたって、そうはいかないんだから」
無理して笑みを浮かべようとして、乾いた声しか出せない。
男は、そんなあたしを一瞬、哀れむように見て、ある一点を指差した。
その先を見て……
「ひっ……!」
あたしは目を逸らす事も出来ない。
そこにいたのは、力なく横たわる、白骨死体――
「あれは、あんたの知り合いじゃないか? あいつの近くに、こんなものが落ちていた」
男の手に乗っていたのは、錆びた銀鎖の懐中時計。
ああ……そんな……
「パパの……大事にしていた……時計……」
ここまで来て、やっと現実が圧し掛かってきた。
あたしは百年も眠ってしまっていたということ。
城の皆は、悪しき魔女の呪いで皆死んでしまったということ。
魔女の呪いは強力で、誰も助からなかったこと。
でも、あたしだけには聖なる眠りの魔法がかけられていて、それは避けられない呪いを哀れんだ良き魔女が、パパとママに泣きつかれてかけてくれた、呪いからあたしを守ってくれる最後の結界だったということ。
――あたしは、一人ぼっちになってしまった。
「どうして……」
声が、震える。いつの間にか、あたしは泣いていた。
「どうして起こしたのよっ……!! 夢の、夢の中ならパパもママもあたしも幸せでいられたのにっ……どうして、どうして辛い現実に起こしたのよっ!!」
やり場のない悲しみ。向ける相手が間違ってることなんて、理解してる。
慟哭が止まらない。
「みんな……皆いないのにっ……」
泣きじゃくるあたしを、男が見つめる。涙で霞んで顔が伺えなかったけど、きっと馬鹿な小娘だと思ってるんだわ。
男は、言った。
「じゃあここでパパとママの所へ行くか?」
「え?」
あたしは目を見張った。
いつの間にか、あたしの喉元に、白刃が突き立てられている――
ひどく、奇妙なくらい優しい声だった。
「ここで死ねば、パパとママに会えるさ。きっとな」
目を、瞬かせる。
涙は止まってくれなかったけど、あたしの精神が冷たい刃の感触に若干、平静をとりもどした。
「あ……」
声を出すと、喉元に更に刃が食い込む。でも、不思議と恐怖は感じなかった。
死にたい?
あたしは死にたいの?
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