SP図書館

TOP

SPC投稿小説
Page:0001 
BACKPAGE NEXTPAGE


"Station"



 ふと気がつくと、そこは駅のホームだった。
 息が白くなる寒さ――私はロングコートに身を包み、厚ぼったい手袋の下でなお悴む手に真っ白に染まった息を吐きかけていた。
 冬だ。
「寒い」
 開口一番、そう口にする。
 音はない筈の雪が《しんしん》と音をたてて線路に降り積もっていく。軌道が見えなくなる程でも無いが、もう少ししたら除雪が必要かもしれない、ぐらいの降り方だ。
 白線ギリギリの所に立っているので、足下にはうっすらと雪が積もっている。空を見上げても、永久に続く黒い空に白い牡丹雪が数え切れないほど見えた――何処からか光があるらしい。
 ふうっ、とため息を吐いてホームの内側に下がり、うっすらと肩に積もった雪を払い落とした。
 ――カツン。
 空き缶がコンクリートに当たる音がした。驚いて振り向くと、柱の元に座り込む若者の姿があった。少し色あせたジーパンに黒の革ジャン。今時の若者らしく、長めのウェーブが掛かった髪は、斑があるにせよ金色に染められている。袖口から出ているゴツい手は口元で短い煙草を摘んでいた。
 さっき音を出した空き缶は彼の横にあって、飲み口からは一本の煙草が顔を出している。
 私がじっと見ている事に気がついたのか、煙草を空き缶にねじ込みながら眉を寄せ、舌打ちしてそっぽを向いてしまった。
 待ち時間の間、暇だから。
 そういって話しかけようと思ったのに、言う前から拒絶されてしまったのでは取り付く術もない。仕方なくまた前を向き、黒い空に白い息を吐
「アンタ何こげな所にいん?」
 突然男の声が聞こえたので、驚いてホームから落ちそうになった。どうにか踏みとどまってから振り向くと、さっきの若者が新しい煙草をくわえながらこちらを見ていた。
「……アンタよばわりされる筋合いはないわよ」
 正直に思った事だ。会ったことも見たこともない他人に突然『アンタ』呼ばわりされてもいい気はしない。異性となれば尚更に警戒したくもなる。
「悪ぃ悪ぃ」
 全然悪びれてない口調で続ける。
「で、なんこげな所にいんさ」
 日本語として語呂が変な気がする。どこか聞いたことも無い方言か造語なのかもしれないが――取り敢えず意味は通じる。
「人に物を訪ねるときは先に自分から言わない?」
「……キッツイ姉ちゃんやナ、まあええケド」
 そう言って煙草をふかす。先端が真っ赤になり、鼻と口から煙が溢れた。
「事故や。交通事故――彼女にイートコ見せぇおもーたら、ダンプに突っ込んだってオチよ。んでこーさ」
 手を刀に見立てて、首を撥ねられる仕草をする。潜り込んで頭が千切れたのか。
「かたっぽ助かったらしいがな。お陰ぇ侘びせーロンリーとらべりんぐヨ」
 ふぅん、と生返事を返した。分かった事と言えばこの少年――いや、青年の口癖が何処の方言にも属してないと言う事だ。方言どころか外国語のニュアンスまで混ざっている気がする。
「で、なんでいるの?」
 これは私の方の質問だった。彼女を亡くして傷心旅行、と言う考えも掠めるが、このクソ明るい性格ではあまりなさそうな気がする。
「はぁ?」
「だって、紛いにも同乗者が死んじゃう様な交通事故だったんでしょ? 警察の取り調べとか、怪我してたら病院――まさか逃げてきた?」
 青年の方は訝しげに眉を寄せている。表情から『何言ってんだこの女?』と読みとれた。
 いちいちしゃくに障る事を言うヤツだ。――いや、最後のは勝手な想像ではあるが。
「姉ちゃんサ、ここ何処だかしってん?」
「――駅」
「『さあここでクイズの時間です! その駅の名前は!』」
 度去年の司会の口調を真似している事は理解できたが、似てない上に似合ってない。その得意顔を見て吹き出しかけたが、どうにか押さえて辺りを見回した。
 駅名なんて何処にでもあるものだ。
 たとえば駅の天井から吊られた案内板。駅名と前後の駅名が書いて――無い。その案内板自体が見あたらない。
 まあ都会の駅では時々ある事(天井が高いので吊せない)なので、その辺の柱に括り付けられた表示板ならばあるだろう。前後の駅名は分からずともこの駅ぐらいならば。
 ――無い。
 見える範囲の柱を全部みてみたが、やはり無い。
「ぜぇんぜんワカランって顔だゃな」
 いちいちしゃくに障(以下略)。
 こうなったら維持でも駅名は聞きたくない。駅なのだから駅員ぐらい居るだろう。駅舎を探し――無い?